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真面目に変わっている人の考えている事
日頃、疑問に感じた事を自分なりに考えて書いていきす。浅学ゆえ多々至らない点があるとは思いますが、一緒に考えたり、間違いをご指摘されるとありがたいです。まずはカテゴリーの「はじめに」を。
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判官贔屓とは?
 私たちの国に判官贔屓とは、はたしてあったのだろうか?辞書に「弱者に対する第三者の同情や贔屓。」とある。ネットで検索していると、熱く語っている人の結論が弱者の人たちが強者を貶めて病的平等にしようとするもので、社会主義者だと断定した話になっていてあきれてしまった。
 私が「ああそうだ。」と感じた人がいる。その作家は言う「この国に判官贔屓はなかった。」と。判官贔屓に見える人の共通にあるのはある特定の一つの信念(大義、思い)なりである。そこに行動の理由はただ一つで、それ以外の理由はないという心情である。
 ならばどうしたらそれは周りの人に伝えられるか?成功、勝利より失敗、敗北することだ。成功、勝利する人では思いがあったとしても自分をかけずに計算高くやったかもしれないという思いははずせない。しかし、逆の失敗、敗北は第三者に失敗、敗北することによって心情が確実にわかるのである。
 これはこの国の人たちがこの行動の理由の「純粋さ」に心を打たれるのだ。これはこの国、独特の心のあり方といっていいようだ。この作家は今は生きていない。生前に西洋文化にかぶれてもいいが、この独自の精神を誇りにして生きろと言った。この作家の言葉を聞いて、あなたはどう感じる?
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北京JACというフェミ団体のことをご存知の方も多いと思います。北京JACホームページ反差別国際運動:北京JAC全国シンポ分科会へのお誘い昨日某市の女性センターで北京JAC
2006/01/15(日) 23:56:56 | なめ猫♪
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